2014年7月7日 更新 第二十六回 男は庭に飛び出したが、あたりを注意深く観察する余裕も失っている。良く見れば自分の住宅の東側が沈みこんで、西側が以前の高さで留まっていて、そのために傾いているのだが、それは自分の家だけではない。そんなことを観察する余裕もなく、男はガレージに飛び込んで、愛用の高級外車のエンジンをかけ、ガレージのシャターを開ける。勢いよく飛び出し、後ろ手にシャッターを締めるボタンを押す。男はそのまま走り去るから、シャッターが歪になってしまった両側の柱のために、降りなくなってしまって、モーターが焼けつくほど、ギーギーと鳴っていることを知らない。 本当は高雄パークウェイに向かって走り、車で飛び越えられない段差になっていたとしても、車を捨て、段差に板などを立てかければ、段差を登って、逃げられたかもしれない。しかし、そんなことなどついぞ考えない男は、新丸太町通りから中心部に向かう。彼には京都市の中心部だけが、自分の価値を証明してくれる場所であり、周辺部は地方であり、田舎であり、貧乏であり、自分ががんばって、人を押しのけ、人を踏みつけ、ようやく脱出してきた世界だから、それに向かうことなどありえない。数日前に、大事にしていた犬二匹が逃げだしてしまったことで、家人に不注意を怒鳴り詰(なじ)り、新しい犬を買うためにペットショップに注文しておいた。彼にとってのペットは自分の価値を証明してくれるものだから、値段が高ければ高いほど、価値のある愛すべきものだった。しかし、電話はしたが、なかなか犬が届かなかった。彼はハーメルン作戦など知るよしもなかった。それ以上に、異常事態で、彼の取った行動の中には、自分の家族のことなど微塵も浮かんでこないに違いない。「金儲けが目的ではありません。大事な家族のために頑張っているだけです」という嘘が異常事態で曝露された。彼にとっての価値の一切は金儲けでしかなかった。 夫が叫びまくって飛び出して行った後、男の妻は二階のベランダに出て、あたりの様子をうかがうだろう。南に面していたベランダから見る南の景色は、気のせいか下がっているように思うだろう。慌てて北側のベランダに出てみると、北側の景色は少し高い所にあるように思う。彼女は事態の容易でないことがわかり、常に用意していた非常持ち出し袋のリュクを担ぎ、ヘルメットをかぶって、スニーカーを履くだろう。二匹の猫を呼び寄せ、二匹をケージに入れて、表に飛び出す。庭の北側で、すでに飛び越えられそうにない段差が生じている。ただ北側に建てていた小屋がゴットンと段差の下に倒れ込んでいたから、その屋根に猫のケージを先にあげて、自分も飛び乗り、二匹のケージを抱えて段差の上に降りることに成功する。 彼女は、ただただ段差から離れようと道路を急ぐ。一台の車が止まり、彼女に乗れと言ってくれたから、彼らの車は高雄パークウェイから高雄に出て、周山街道から京都盆地を脱出できる。 車を捨てられない男は、道路のあちこちにある小さな亀裂も気に留めず、丸太町通りを東に走る。自分が走る側の道路が空いていて、反対車線が混んでいることに、自分の運の良さを感じる。堀川を越えると、道路は全く車がない。ようやく男は異変に気付き、ブレーキを踏む。スピードを落して、それでも丸太町通りを東に進み、府庁前から新町、衣棚、室町、両替町と通りを越えて、両替町で車を止める。車を路肩に駐車して、徒歩で御所を目指す。しかし、御所が一向に見えず、彼は巨大な暗黒を前に茫然とする。 「な、なんだこれは、えらいこっちゃ。これで俺の家まで傾いたのか。もしもどんどん傾けば、俺の家も沈んでしまうのかもしれない。えらいこっちゃ」 彼は道路をUターンして、丸太町通りを走った。すぐさま渋滞に巻き込まれ、堀川通りを北上して今出川通りを西に行こうと決めたが、今出川通りも渋滞だったから、北大路通りまで北上し、木辻通り、きぬかけの道を走り、自宅に向かった。広沢池まで来たが、広沢池が全く水のないことに驚いた。水を抜いてやる「鯉揚(こいあ)げ」は確か師走の風物詩だった。もしもそうであれば、池の干上がった中に鯉獲りのためのテントが張られているのだが、それもなかった。ただ水だけが無くなってしまった広沢池に不気味さを覚え、アクセルをふかして自宅に向かった。 しかし、すでに遅かった。車が越えられる高さを段差は越えてしまっている。しかし、この時なら、何らかの工夫をすれば段差を登れたかもしれない。しかし、男は愛車を見捨てるわけにはいかない、と、またまたUターンして、元来た道を走り、どこか脱出できる道はないかと探すだろう。危機を何度か感じると男の中に眠っていた保存本能のようなものが目覚め、事態の理解はできなくても、とにかく市内から外に出ないといけないのだろうと思うようになり、堀川を北上するが、段差は車で越えられる高さでは無くなっている。この時でも遅くはなかった。もしも南に走り油小路の高架にでもよじ登れば救われたかもしれないが、それも市内の周辺部を回っている間に、間に合わなくなってしまった。 あるいは、もしも車を捨て東西に走って、北の高くなっていく場所から南の沈みこんでいく場所に倒れ始めている電柱を伝わって逃げることもできただろう。しかし、男は車に典型的なように、奪い取り、掠(かす)め取り、騙し取って、集め、蓄えることはしてきたが、誰かにあげること、捨てることなど全く考えたこともなかった。物が増えれば、それが収容できるより大きな家に引っ越しをし、車も一台から二台、そして三台と、天気や気分によって乗り分けるようなことさえしてきた。男は、レザーのシートに深く身を沈めて、堀川通りを突っ走った。クラクションを鳴らし猛スピードで車を縫いながら南を目指す。JRの線路を越え、東寺を過ぎたあたりで、渋滞が始まっている。彼は目茶目茶にクラクションを鳴らし、路肩を走り、前の車を車体で動かせながら割り込み、南へ南へと進む。東寺の五重塔が少し傾き始めていることを見れば、事態の深刻さを理解し、車どころではないと、車を捨て、走ったに違いない。事実、渋滞に巻き込まれた時点で、車を捨て、徒歩で急いだり、走ったりした人は、段差を乗り越えて脱出ができた。しかし、男はクラクションを鳴らし続けて、全く動かなくなってしまった車の中で歯ぎしりをするのだろう。そしてようやく前の車にも、その前の車にも、こじ開けて押しのけた車にも誰も乗っていないことに気付いて、さすがに車を捨てて走り始めるだろうと思っても、彼はそうしないだろう。そして、「事態が治まれば戻ってくればいい」と思って、強引に横の車を押しのけ、路肩に乗り上げて、キーを抜いて、車から降りるのだろう。そして無人の車の列を縫いながら、しかもその膨大な数に呆れながら、ようやく車の切れ目を前方に発見する。そうなると当然走りだすのだろうが、それは絶望を早めるだけで、彼は、車の先頭に立ちはだかる断層の前に立ちすくむ。この時点でも、男が必死になれば、脱出はできたかもしれない。段差は男の胸以上になり、じっと見ているとほんの数ミリずつだが、確かに沈みこんでいる。だが、地盤の軟弱なせいで、北や東、西に比べて逃げ延びる可能性は高かった。北や東、西の場合は、山裾で段差になっていたから、段差を登ることができない。しかし、ここでは丁度段差の上にある工場地帯の巨大な建造物やビルが傾き、あるものはすでに倒れ、北に向かって倒れこんでいたから、男が必死で努力すれば、この時点でも脱出が出来たはずである。しかし、その脱出場所を教えてくれるだろう天の情報とでもいうべきものを、男の意識は拒んでしまう。いや、拒んだというより、人間の意識がそのような構造になっていることなど想像すらできなかったから、男は、自分の膨大な、金銭に換算すると数十億にもなる家や財産の行方を心配する。どうすれば取りに帰れるのだろう、そうとしか考えない。目の前の立ちふさがる段差をこぶしで二度三度叩くと、男は、元来た道を再び走る。家や財産などを思い浮かべ、宝石類を思い浮かべるとそのダイヤの指輪をしている妻を思い出し、初めて妻がどうしているのだろうか、と心配する。今、ようやく男にとって妻が獲得した財産のひとつとして認識でき、妻と一緒に逃げれば、何かが得られるだろう、そう思って、懸命に走った。ようやく車を止めていた場所に戻ったが、車の前も後も右側も無人の車に挟まれている。それでも男はエンジンをかけ、前の車と後の車を激しい勢いでぶつける。前の車の前にも車があったから、車は押されて横になり、前後の車が横になった分で、男はさらに激しくバックして、後の車にぶつける。そうしてようやく車の方向を変えられる場所を作って、あっちこっちをぶつけながらも車を北に向け、舗道を走り、片方を舗道にかけたままで走り、ようやく駐車場と化していた道路の先端まで戻ってくる。そこまでは車の運転に必死だったが、北に向かう車がほとんど無くなっていた道路は快適で、男は三つのことを考える。ひとつは自分の車の優秀性で、あれだけ前後に激しくぶつけても快適に走れるという満足感で、自分の選択は間違っていなかったと納得する。ひとつは女の選択を間違っていなかった、妻は美人でいい女でどこに一緒に出かけても自慢の妻で、俺の人生がうまく行ったのは、妻のおかげもある。妻さえいれば、なんとかなるだろうとも思う。それは妻が居なくなったら、という思いがチラリと頭を掠めたが、それが本当は天の情報なのだが、男はそれを勝手に自分流に判断してしまって、帰れば、まず抱きしめて、愛している、ありがとう、と今まで一度もいったことのない事を言おうと思う。するとこの事態にも関わらず、男は頬笑みさえ浮かべるのだろう。三つ目は車を激しくぶつけることで初めて味わったことで、「自分の財産を命を救うために使えるのだ」ということである。だから「今から帰る家には数億から数十億になる家屋敷と財産はある。それだけあれば何とかなるだろう。俺の人生は間違っていなかった。しょせん金なんだ。この車も妻も家も金が無ければ手にできなかった。俺は今初めて自分で自分を褒めてやりたくなっている」と胸を張って自宅に戻る。自動シャッターは閉まる途中で止まったままで、前後に小刻みに震えながら、すでに煙が出ている。男はシャッターのモーターをオフにし、車を路上に置いたままで、玄関の鉄扉を開け、アプローチを走り、妻の待つ扉を開ける。鍵がかかっていないことに、不用心だと口に出し、それでも妻を大声で呼んで、愛している、ありがとうと言おうと思う。靴を脱ぎながら大声で妻を呼ぶ。静寂を詰め込んでいるような家の中で、男は背筋に冷たいものを感じ、今度は猫の名前を呼んで見るが、猫も出てくるはずがない。今頃は周山街道のログハウスのカフェで、乗せてくれた車の家族と食事をしている。もちろん彼女がご馳走し、車に乗せてくれた家族から、これからどうされるのかと聞かれる。ええ、親戚を頼って、と適当な町の名前を言って、そこまで同乗させてもらうことをお願いする。もちろん親戚など頼るつもりはなく、彼の名義の貯金通帳も印鑑も全て持ち出していて、夫が浮気のお詫びにくれたダイヤをはじめ高価な宝石類は全て持ち出しているから、どこかに小さな家でも買おうと思っている。猫がいるからマンションは無理だからである。 そんな妻の行動など予想さえ出来ずに、男は妻も猫も逃げだしてしまった家で、生き物の気配が一切無くなって、凍りつくような気持ちに襲われながら、それでも銀行に預けてある貯金だけは助かる、貸金庫には当座使える現金も入っている、何とかなるだろう、そう安心して冷え切った心を暖めようとする。一緒に沈み込む豪華ソファーに身を沈めると、そのまま眠ってしまう。車を一旦捨てた時に急いで歩いたり走ったりしたが、日頃おろそかにしていた運動不足がたたり、体は疲れ切り、その上に心労も重なって、考えることさえできなくなって眠りについてしまうのだろう。 今度目覚めるときは、京都が沈み込みながらどこかで停止する時の激しい衝撃だろう、龍行は男と妻の対処の仕方を勝手に想像しながら、沈下の事態を見守っていた。きっと今まで味わったことのない凄まじい衝撃と音響に、さすがの熟睡中の男も目を覚まされるが、一体、何がどうなっているのか、自分を世界の中に置いて、自分の意味や価値、人生の意味や価値を考えてこなかった男には、事態の真相が飲み込めず、子供のように恐怖しながら、表に飛び出した。目の前の家々が衝撃で崩れ、電柱が倒れ、石垣が崩れ、地面に亀裂が起こっていても、それでも男の頭の中には、京都の地盤が少し下がったと思っていただろうし、きっと救助されるからそれまでは家に待機すればいい、そう思って家に戻る。冷蔵庫の中に入っているフォアグラをソテーでもして、そう思って冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中の明かりが消えているから、これは後で妻に言わないと、そう思って、フォアグラを取り出して、IHクッキングヒーターの上にのせる。しかし、スイッチが入らない。そこで男は初めて停電を知り、先ほどの震動が大きな地震だと思った。こんな時に慌ててはいけない、そう思って、極上のワインを地下のワインセラーに取りに行く。階段が歪になっていたが、辛うじて地下に降り、ワインを持って再びソファーに座る。何も出来ず、何も考えられず、恐怖だけに押しつぶされそうになりながら、ワインをがぶ飲みし、男はまたも眠りこんでしまった。 京都盆地は、沈み込んで都を造営した当時の海抜で止まった。 「止まったようだ。奈落に落ちたのは御所だけなんだ」 そう全員が思ったが、山岡先生が自分で自分の言葉を打ち消すように言った。 「一旦、止まっただけかもしれない。考えられる事は、御所の落ち込んだ大きな穴が、御所で塞がったとしよう。そうするとそれより上にあった水はさらに深くに流れ込むことはなくなる。そうなると、地盤沈下も一旦は止まる。だが、隙間や亀裂から水が地底深くに流れこんでしまうこともありえる。そうなると、まだまだ沈下は続くのだろう」 「見てください、見てください。あそこであんなことが」 猫が断層の上を走り、犬が断層の下を猫を追いかけて走っている。 「ホバーリングして助けますか」 そうパイロットが言ったが、事態は思わぬ方向に展開した。猫が犬を誘導しているようで、その先に東から西に倒れ込んだ五重塔があった。 「あれは八坂の塔ですね」 「何度か消失しているが、なんでも最初は五九二年に聖徳太子が建てたといわれている。いずれにしても平安京造営以前から存在したことは確かなようだ」 龍行が説明をしている間にも、事態は進展していた。東から南にゆっくりと倒れ込んだのだろう、心柱を中心に屋根がひしゃげながらも残っていた。猫が断層の上に残っている塔の一階部分から五重塔の上を歩いて、そろそろと倒れ込んで斜めになっている崩れた五重塔を進んでいる。犬が地面に倒れこんでいる先端に飛び上り、猫の待つ五重塔の一階に向かって歩いた。全員が固唾を飲んで見守っていたが、犬は無事登り終え、迎えた猫が顔を舐めまわしていた。 「落ち着いたら、あの二匹も探してやろう」 龍行がそう言ったが、沈み込んだ京都に新たな異変が起こっていた。 「駄目だ、沈む前に火事が発生した」 龍行も林田のその声に言葉を失くした。いや精神も感情も何もかも止まってしまった。それは京都が火事に弱い都市で、過去にも何度か大火で焼け野原になった歴史と、その歴史の反省もなく、消防車が入れない細い道に住宅が密集しているからだ。その上に山岡先生が決定的なことを言った。 「これは大変。平地の火事以上に困ったことだ。鍋の底で火を焚いたみたいで、鍋の中はたちまち高温になるだろう。今さら何ともならないが…」 山岡先生の心配がたちまち眼下に広がった。火の手があちこちであがると、その火は一気に広がり、瞬く間に一区画を火の海にし、道路で延焼が防げるほど広い道路は、御池通りか、五条通りか、堀川通りしかなかったが、御池通りは瞬く間に焔が越えた。猛スピードで走る車、逃げ惑う人々。龍行は地獄絵が千二百年のフィナーレとは信じ難かった。その最後は、もう一度大きな衝撃で知らされた。鍋の底が熱くなった分だけ、地下の水分を奪ったのか、それとも火事の高い温度で、地下に何かの異変が起こったのか、京都がさらに沈み込んだ。沈み込んだ周りの家々も全て引き込まれて、三方の山々と南の巨大な断層だけが残った。誰も何も言わなかった。機内さえ重苦しい空気で、言葉さえ押しつぶしていた。 確かに沈下は数十メートルで止まっていた。平安京造営の高さより相当低くなったが、その沈み込んだ市内は一面の焼け野原で、ビルさえ高温で焼け落ちていた。そして一切の京都が焼き尽くされた後に、じわじわと水が流れ込んできた。琵琶湖の水位はほぼ大阪城の天守閣の高さで、おおよそ海抜八十二メートルだが、まさか大阪湾の海水が逆流したわけではなかった。 火事が激しくなった時点でヘリは現場を離れ、衛星通信の画像を見ていたが、山岡先生さえ、しきりに首をひねっていた。 「水はどこからでてきたのか。一部は淀川から桂川、鴨川を逆流したかもしれない。一部は琵琶湖からきているかもしれない。しかし、これほどの水は、おそらく火事の前と火事の後で落ち込んだ間にあった水かもしれない。都人が井戸水として使い、豆腐屋さんや魚屋さん、染物屋さんなどが使っていた水なのだろう。水の豊富な京都盆地だから、こうして水が湧きだしたのだろう」 豆腐屋さんや魚屋さんなどの言葉で、龍行は再びあらゆる「京都」を反芻しながら、現場を離れる帰路の間、残酷にも京都共に沈んでしまった人々に同情した。同情しながらも、「全ての現実は、選択という思考の結果である」という言葉を思い出していた。だから「思考は現実化する」というのは、思考が現実化するのではなくて、全ての現実は、選択という思考の結果だからだ。選択を自分自身の保身や財産を守ることや、土地への愛着や、ちょっとした日常生活の利便性や、そうした全ての個人的意識に判断の基準を置いてしまった人、また個人の何らかの欲望というか利害の意識に縛られていたために、個人を越えたところから個人に伝わってくる情報や、個人に与えられるエネルギーが伝わって来なかった人、彼らを慰める言葉を持たない、そう思っていた。 数多くの命が失われるに違いない。彼らの理不尽だという思い、いやそんな思いや後悔すら一瞬で肉体の機能の消滅と同時に消えてしまうだろうが、一人ひとりの命もまた全体の部分としてあったのだから、龍行の中でも湧きあがる悲しみは止めようがなかった。その悲しみの一方で、残念ながら命を失ってしまった人が辿りつかなかった人間の存在の本質をもう一度思い出していた。 それは「人間は個々に存在しているように思っているが、全体の一部に過ぎず、その全体の根源は、時間も空間も越えて繋がりあっているひとつのものだから、それを認識しない限り、部分である個人の命が救われないのだろう」と。