菫とボールペンの比較

ポンチ絵とは、「諷刺の滑稽な絵」とあるが、「万歳」を叫ぶ呑気なじいさん、ばあさん、おっさん、おばさんに愛想尽かしをするのが一番と思っていたが、むらむらと自己宣伝をしたくなった。と言うのも、あれほどの惨劇の3月11日以来、それについては何も動いていないし、原子力発電所の漸次殲滅爆弾の暴発が多数の人に死を孕み、いじめで鈍感で想像力の欠片もない連中に最も敏感で繊細な命を奪わせ、沖縄では、米兵によって精神の死を押し付けられる少女や精神に傷を負わせられる少年が居て、そんな命の問題は寸部も変わらず、悪化するばかりだ。

それで自己宣伝である。そうでもしないと「お前は何をしとるんじゃ」と神様の声にこたえられない。

まず、3月11日の災害が人災であると言うことを、京都を沈めてしまうことで書いた『京都消滅』、滞在していた40年前とは変わらない沖縄の陰惨な米兵の強姦犯罪にどう対処するかを書いた『海人無私全托草書』、そして間もなく完了するいじめをテーマにした『合わせ鏡』と、そしてその犯罪者やその容認者の意識の構造のルーツを探るべく『縁(えにし)』上中下の三巻で書いた。

『縁』以外は、やがて電子書籍化されるのだろうが、今の所、すぐには読んでもらえない。それでも今日、自分の営為を宣伝でもしておかないと、このなんとも「やるせない」気持ちの解消方法がない。

どこかに間違って3000枚と書いたが、3月11日以来2300枚を手術の3日を除いて、ノンストップで書いた。そして12日の激痛地獄を体験させてもらった。自分の体を痛めてでも何かをしないといられない気持ち、分かっていただける人には、いつでもその体を痛めて書いている拙著を送ります。データで勘弁を。問い合わせフォームからどうぞ。

縁-上巻表紙縁-中巻表紙縁-下巻表紙

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