梯梧馬齢を重ねると言えば、馬にも悪いのだろうが、年を取ることとは、死の可能性を高めていくことだ。それが自分自身のことであれば、自分の周辺にも死が身近になって行くことでもある。肉親をはじめ、友人、知人、それに大事な動物たちが死んでいく。訃報が増えて慣れるかと思えば、むしろ心の痛みが大きくなっていく。そして多くを教えてもらった詩人や文学者や思想家や革命家やジャズメンなどの訃報が報じられると、年齢を重ねすぎてしまっていることを否応なく知らされる。

尊敬してきた人や「良き人」や「最良の精神」の死は、私を鞭打つ。お前は何度も死にかけながら、それでもしつこく生かされている。それほどまでに命をいただいていて何ができるのか、その思いが強迫観念のように過度に書かせて、昨日までの激痛になってしまったのか。一分でも一秒でも書いておこうと、自分で言うのもなんだが、無茶をしてきた。そんな激痛が心の痛みであれば、その痛みをこじ開けて塩を塗りこむような、耐えがたい訃報が届いた。

親友でもまだ足りない半身とでもいうべき沖縄の同志森田茂さんから仲里久男さんの訃報が届いた。またまた「癌にて」召されたとある。その逝去を知らせてくれた森田茂さんのメールを許可なく掲載する。彼は許可を願えば、ただただ謙虚さだけで断るだろうが、半身に聞く手順は不要である。以下がそのメールである。

先月、仲里久男さんが癌にて召されました。数年前、胃癌の手術を受けて胃の摘出をして、本人は完治を信じていました。8月の台風の襲来にて、少なからず我が家も被災し、久男さんに修復の相談のため久しぶりに電話をしたところ、今年の3月に癌が再発して主治医から、余命2週間から半年と宣告されたとの事です。癌が腹膜(内臓全体の膜)に発症して、現在の医学では手術不能にて有効な治療もなく、半年を過ごしたようです。

10月の初旬に入院したため、カンちゃんと同行して病室を見舞うことができました。1時間足らずの時間でしたが、充実した話ができました。40年の時を共に過ごしつつ、久男さんの心中を察すると涙をこらえるのがやっとでした。

別れ際に「茂、いろいろあったけど、自分なりにいい人生を過ごして幸せだったよ」と話してくれました。告別式の新聞広告には、私の名前を友人代表の筆頭に掲載してくれました。次はカンちゃんでした。お姉さんによると、新聞広告などは本人が書いて準備したとの事です。

本当の優しさの人でした、私の子どもたちも久男おじさんと呼び慕っておりました。

また、大切な友との別れを向かえ、自分のこれからも真摯に考えずにはおられません。

『そのままで良いのだよ』との声を聞きながらも、なお誰かの為に何が出来るかを考えてしまいます。ヒコさんもお体を大切にして下さい。再会を楽しみにしています。

「本当の優しさの人でした」とあったが、森田茂さん、それに見舞いに同行したやはり仲間の神田俊博さん、二人もまた優しさの権化と言いたい。そして森田茂さん同様、「『そのままで良いのだよ』との声を聞きながらも、なお誰かの為に何が出来るかを考えてしま」う。そして久男さんが辛い人生から解放されたのだと信じて、「しばし休んでください」と祈りたい。梯梧を献花する。

先に逝った古谷元さん、そして森田みのるさん、仲里久男さんをはじめ、夭折した沖縄の「最良の精神たち」に拙著『紺碧の磔刑』を。そしてやがて電子書籍で販売される『海人無私全托草書』と『神人まじゅん』を捧げ、残されたしばしの時間、さらに奮闘することを誓う。早く激痛よされ!
                   
紺碧の磔刑

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