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万年筆、原稿用紙、インクと言えば、もの書きの三種の神器。
先日(2016年9月末日)、三度目の余命宣告を受けて、「こんまりのときめき片づけ」をしようにも、三度目となると日常で使う物と引用などをする書物以外はほとんで整理済み。ただ、毎回処分を躊躇して、残してしまうのが使わない三種の神器。

確かにインクもなかった。アマゾンでペリカンのインキを何十年ぶりに買った。万年筆はモンブランだが、私所有の唯一のブランド品で、7本のうち3本をプレゼントして、4本が残っている。ではでは、と書いてみると、やはり爽快で襟を正して書きたくなる。この文章は、原文を万年筆で書いている。縦書きと横書きの内容の差は、石川九楊先生に詳しいが、万年筆の手書きとキーボードでの打?書きはどう違うのか。速度が違うだけで、いずれもゼロ・ポイント・フィールドからの情報を写させてもらっているのだから、変わらないか。

で、余命宣告だが、三回目と言っても、前の二回はそんなおおらかな、悠長なものとは違った。余命宣告どころか、救急病院で診察が終了次第危篤宣告となり、家族に電気ショックの許可を取っていたとか断ったとか、いずれにしても今夜がもちません、と宣告されたと聞く。1999年ノストラダムスの厄災はひとり我が身だけに降りかかり、当時、原発性アミロイドーシスという超難病を発症した人で、発病後の最長生存期間は一年三か月だった。

精神力の強さはわずかに人に誇れるものだが、医者もそれを知ったのか、5か月目に、恐る恐る余命宣告をした。忘れもしない出だしだった。「もうお気づきでしょうが、重大な病気です。癌とお知らせできる方がらくです。この原発性アミロイド―シスという病気は、原因も不明ですし治療法もありません」

だから余命宣告を受けてから、それまでの最長記録まで生きられたとしても、残りは11か月になる。意外にさっぱりしていた。その顛末は、『死に損ないの居直り啖呵』に詳しい。伊吹龍彦のサイトで電子書籍として読んでいただける。よろしければご笑覧を。

『死に損ないの居直り啖呵』

そして次は2011年。親友と別れて地下鉄に乗ろうと四条烏丸で階段を降りようとすると、どうも心臓がだらしない。脈を測ると50を切ろうとしていた。タクシーで家に帰り、自分で人工透析を受けている病院に駆け込んだ。時間外だったので、担当医が聴診器を当てて、パソコンで日頃の私のデータを見たのか、すぐさま判断して、車椅子に乗せられて集中治療室に。

陳旧性心筋梗塞とかで、誕生日の5月10日に心臓のペースメーカーを入れ、手術の順番がやってきた7月7日に確か14時間とか15時間の長丁場の手術で、足から取った血管で心臓冠動脈三本を敷設してもらった。

手術後の逆余命宣告で、「手術はうまくいきました。これで大丈夫です。あの日、集中治療室で治療をしなかったら、次の朝は家で冷たくなっていましたよ」とのことで、二度目は終わった。

この時には、人間と命についていろいろ考えさせられて、『万華鏡』に書かせていただいた。もちろん、自分で考えたのではなくて、浮かんできたことを書かせていただいた、いや打たせていただいたのだが、こちらも電子書籍化して、ドコモ、楽天、紀伊国屋の電子書籍で販売中です。
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『万華鏡』

で、三度目の余命宣告と言えば、先日2016年9月末日、人工透析の担当医に家族ともども呼び出されて面接。
説明によれば、原発性アミロイド―シスのせいもあって心臓の壁面が厚めで、それが人工透析17年目と72歳という加齢で、ここ一年ほど厚くなった感じがする。このままであればいいが、心臓の機能が次第に低下して、早ければ一年後、遅くとも3年5年ぐらいで心臓の機能が低下して・・・」さすが死ぬとはいわなかったが・・・

この種の病気の外科的な治療は全くなく、心臓移植しか治癒できないが、それも難しいので、と言いながら変な注文を取られた。
「そうした時に、延命治療をなさいますか、それとも我が病院で始めました『人生の終末期に対応する緩和医療を受けられますか』ということで、言下に延命治療を断った。「わかりました、では緩和治療の部署にそう伝えておきます」と面談は終わった。

この心臓の微妙な変化に気付いていたのか、8月には、『終活=神化するために』を書いた。400字で132枚。まだデータだが、それでよければ、ibuki@lovelove.zaq.jpまで。

1999年の発症の時、68日間だったかの断食断水で生き延び、目下、日本記録更新中だが、決して外科的手術でも近代的な医療機器による治療でもなかった。それでも有難く死に損なった。確かに担当医の意見は、近代医学的には大正解かもしれないが、最初の奇跡は間違いなく伝統的医療とでもいうべき断食療法だったことを考えると、なんか違う気もする。

今回も、ほぞぼそと伝統的療法を試しながら、いずれ4回目の余命宣告まで生き延びてみようと思う。何よりも書きたいもの、いやお前が書けと言われているようなものがまだまだある間は、余命宣告に耳を貸してはおれない。
まだまだ打ちます。そして時に万年筆で書きます。

★脊椎管狭窄症によると言われていた右足の激痛は、治療方法がありました。もちろん自分でやっています。痛み止めでも効かなかった痛みは軽くなりました。気候も良くなれば再び歩き始めます。
★左手の手根管症候群もなんとか耐えられる痺れと痛みになってきました。もうひとがんばりです。
★心臓の壁面が厚くなるなんて、普通にはない病気ですから、月二回の血液検査、毎月のレントゲンと三か月に一度の心臓内科検診での心電図や超音波検査、何らかの変化があればご報告します。

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