朝を味わう。
こんな時間は滅多にない。

1428011001737純白で遠くの太陽の威光で輝く雲の裂け目に、薄い青がのぞき、雨の予告が薄墨で筆を走らせ、今朝は思いが一致したのか、全体で同じ方向にゆっくりと動いている。
 うっかりするとこれは地球の自転の速度かと思ってしまうが、今、地球は猛スピードで回転しながら、太陽系の中を信じがたい速度で回っている。しかも、暴走することもなく、決められた軌道を、決められた時間をかけて回っているとなると、科学で何でも分かっているつもりの法則など実にたわいないもので、創造主の神秘の微塵も見えていない。
 
誰も空を見上げることなく、自分で作った泥濘をまるで匍匐前進して生きている。少しばかり走れる車などを駆って、いかにも自由闊達に活きていると錯覚しているだけで、地球を回し、太陽系の中を走らせている創造主の思いを実現していることはない。それぞれがそれぞれの目的が何よりも大事なように、東に走り、西に急ぎ、北に慌て、南に逃げる。ひっきりなしに走る。目まぐるしく走る。やがて気持ちだけが走って、渋滞が速度を殺す。そんな日々を昨日も一昨日も、明日も明後日も繰り返して、やがて疲れ、病に倒れ、意識を混濁し、御すことのできない細胞の増殖に蝕まれ、流れが淀み、破れ、永遠に鼓動するはずの心臓を止められて、恭しくくたばっていく。死に尊厳などないが、死を忌避できないと知って、恭しさを必死で演出するだけで、死は単純に終止符を打つだけで、言葉で表現すれば、「くたばる」というのが最もふさわしいのかもしれない。
 
空を見上げて、空の意味を考え、その空の下で生きさせてもらえる命を考えないと、突然にやってきたり、なしくずしに侵されたり、じわじわと孕まされる死に対抗できない。
 
ポンコツ車の車検に通れば、空の下を、空に恥じない走りをしなければ、そう思う。五階の入院病棟の窓は、さもしい日々を反省しろというように、大きな空を見せていてくれる。

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