猫一体化
あぁ!禁を破る。

「今夜もまた、時事にたいする興味がしずかに流れさっていくのを感じる」という谷川雁さんの言葉から言えば、流される興味をせき止めてしまう事態が頻発しすぎているからである。

堰き止めてはいたが、もう堰が壊れる。

報道の自由という隠れ蓑、報道は支配の都合で公表か秘匿かを選択できる自由、真実を伝えない自由としか思えない情報鎖国日本で、真実はひたすら隠され、少し零れると風評被害だのデマだのといい、ネットでは巨大に組織された隠蔽工作者や誹謗中傷攻撃専門家が、反対や反論や危惧や心配を大量のコメントで流してしまおうとする。

まず、やってみれば、世界がいかに悲惨で、陰惨かがわかる。日本のニュースでは大々的に扱われることを止めたのか、なかなか一面には扱われないが、一週間の新聞を隅々まで見て、各地の自爆テロや爆弾テロの犠牲者を数えるのである。死んだ人の数で事件の規模を考えることはひとりの命の大切さから言えば、実に非人間的な評価である。それはすべきことではない。しかし、量は質を変えるという観点からすれば、そのあまりの多さに驚愕しながら、何がどう間違っているのかを考えてしまう。

もちろん紛争地帯の死者の数も、絶え間なく続き、そして見過ごせない数である。もちろん、ひとりの兵士が死んでもその戦争の愚かさが証明されるのだが、紛争の場所を拾えば、地球は瞬く間に血で染まる。何という愚かなことだ。

そして、日本列島は平和であるという大嘘。

大気や大地や野や山や川は死を孕んだ放射性物質が拡散し、蔓延し、夜更けの道も歩けないし、家に居ても襲われる。欲望と行動が短絡する意識で命を産む女性が命を奪う事件が頻発。

想定外の災害や、金銭的欲望が無知と愚かさで加速されて発生させた原発事故と再稼働への執着と努力と暴走。

「既に千人近くの死者が出ている福島第一原発作業員。極秘裏に火葬され、無縁仏として闇から闇へと消されている」とか、「福島県の『急性心筋梗塞』死亡率 全国1位 全国平均の2.4倍」とか、「福島県のある自治体では白血病による死亡率が急増」とか、「2012年だけで警戒警備警察官3人含む5人が急性白血病で死亡」とか、「放射能による被曝によって突然死が増加した結果、各地の葬儀場でかつて無いほど人が溢れ返るような事態」とか、「関東の土壌汚染はチェルノブイリの基準で移住区域に相当することが判明している」とか、こうした報道は、人々を不安に陥らせ、福島を差別する許しがたき風評である、ということなのだろうか?

大丈夫、心配するな。甚大な災害には、戦争のために組織された軍隊である自衛隊が災害救助にあたりますから、ということなのだろうか?

この根本的原因は何か。

宗教的紛争に典型的なように、命を大事にする宗教なのに、自ら命を絶ち、また他者までも巻き添えにする、ということに始まり、斧で自分の祖母と思える人を叩き殺すまで、集団においても個人においても、人々の意識は人間本来の意識と違ってきているのではないのか。意識の中で、価値のプライオリティ(優先順序)が狂ってきてしまっているのではないのか。

人間本来の意識とは、命を大事にする意識である。もちろん全ての命である。

保険金目当てで殺人鬼と化した「おばさん」に典型的なように、価値のプライオリティーが狂ってしまっているのだが、意識の方向性としては、命が蝕まれているのに、経済活性化や景気上昇の方が大事という意識と変わらないのだろうし、原発無しでもやっていけるのにそれでもやりたいのはまさしく金のためなら命など惜しくないと、価値の優先順序が狂ってしまっているからだろう。

こうしたコメントに食いつき、批判し、叩き潰したいと思う人は、その食いつきたい意識は何を基準に、何を優先しようとしているのか、から考え直すことかもしれない。

どうやら価値の優先順序が狂ってしまったからこそ、世界が混乱しているのだろう。

今、信じている信念を全て捨てないかぎり、習慣的な思考パターンを壊さないかぎり、人は命の器としての愛の存在になれないのだろうし、地球はすべての命がいきいき、ぴちぴち、わくわく生きる優しくて美しい惑星にはなれないのだろう。

今、信じている信念を捨てるとか、習慣的な思考パターンを使わないとか、そうすることが人間にとって実に難しいことではある。それは不安と恐怖からだが、それでも、今、そうだと思っている世界の理解や、人間の理解が間違っているから、世界が混乱し、生きるのに悪戦苦闘しているとすれば、自分が後生大事に固持している信念や習慣的な思考パターンが間違っているのかもしれないと考え直すことから始めるべきかもしれない。

そのあたりを新しい楽しい科学が少しずつ明らかにしているから、少しずつ常識では考えられないことをさらに連載していこうと思う。

【写真】すでに何度か公表した一枚だが、猫たちの方が人間より優れている。きっと寒いことを逃れるためには、縄張り争いも雌の争奪も止めて、とりあえあずは体を重ねて温めあうことを優先したのだろう。

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