『朝日新聞』2013年08月30日『天声人語』に「落語家の桂文珍さんがネット社会をチクリ。『上手に使えばいいものを、火を使い始めたばかりのお猿さんと同じで、まだ使い方がようわかってないんですな』。時々『炎上』するのは、そのためであろうか」とあったが、一部の未來が見えない強欲どものもてあそぶ原子力も、まさに「お猿さんと同じ」だと言える。「まだ使い方がようわかってない」にもかかわらず、いかにも賢いように地球を駄目にする「火遊び」に興じている。

そう言えば、東電の広瀬社長も日経連の米倉会長も自民党の石破幹事長も、猿の方が高等動物だから猿に似ているなんて言わないが、どこか人間離れでなく、人間崩れなさったお顔でいらっしゃる。あぁ、やっぱり。

火の奪還「火を奪還しなければならない」と真剣に思う。『火の奪還』は、目下明窓出版他の電子書籍で販売していただいている拙著のタイトルだが、文明の「火」と誤解している原子の「火」の欺瞞と策略を暴いて、本当の火を奪還しなければならない。それは『火の奪還』の説明文で書いたことではあるが・・・

「それが核武装のための準備でしかないというのは原発推進者にとっては常識であり、安全安心な電力、経費削減、環境に優しい、経済活性化のためなどは無知な人々の常識であり、事実は、原子力発電所が次第に転移する悪性腫瘍のように命を脅かしているのは、いかに無知で、支配者走狗を恥じない人にとっても明白なことである。人類の最悪の発明品原子爆弾が開発されたのは1940年代、そして日本で最初に原子力発電が行われたのが1963年。同じ頃、少なくとも縄文時代から数えても16000年前から人類の暮らしの中心であった自然の『火』を、いかにも文明が発達し、それが文化的生活のように思わせられて、事も無げに捨てさされた。自然の火が暮らしから無くなって、私たちの心からも火が与えてくれたような熱い心もときめきも安らぎも無くなってしまったのではないか、そう思った人々が、暮らしに火を奪還することで、暮らしはもちろん生き方がどう変わるのか、それを綴った実験的な作品である」と。

うだる暑さが遠ざかり始めて、暖かい火が恋しくなる時も近い。暖まるのが「心」であるような「火」を奪還しなければ、と思う。

コメントを残す

* が付いている項目は、必須項目です!

*

Trackback URL