奇形のトマト福島の原発爆発以前にも、全国の原発周辺の桜に異常があり、経済復興を願った地元の人に沢山の甲状腺がんが発生していることも書いた。もちろんチエルノブイリ原発の事故後の周辺の動植物の変化も書いた。そして福島周辺、北関東の野菜を食べるなとも書いた。がれきは受け入れるな、とも書いた。ブログを2011年まで遡ってもらえればわかる。

そして、今、「何も福島の野菜や果物に問題があるなどと言いたいわけではありません。いわゆる『風評被害』は可能な限り回避して、現地の1日も早い復興を祈る気持ちに変わりはありません」とは断じて言いたくないと言っておきたい。

それが非人間的な考えであり、マスコミが大々的にキャンペーンをしだした「福島の野菜を食べよう」も拒否することが、「きずな」にもとることも承知で、福島どころか北関東の野菜は買っていない。

原発が薄っぺらな人情や同情や人間性やきずなすら、まるで知らぬ存ぜぬで踏み躙って行くことをもう一度知ってもらいたい。その動植物への影響は福島に始まったことではないし、福島原発爆発によってようやく原発の恐ろしさの一部が白日の下にさらされただけで、原発の恐ろしさは十分にはわかっていない。二年間の被曝がどのような影響を与えるかのデータもなく、将来いかに被曝が原因で病気になっても、それが福島原発との因果関係とは断定できないとか言われて泣き寝入りしなければならないに決まっている。

福島の野菜を買わないのは、買わない人に何の責任もない。買ってくれない野菜や水産物で農家や漁業関係者がやっていけなくなっても、それは買わない人のせいではない。全て福島原発の爆発のせいである。現地の復興も全て東京電力の責任であり、それ以外ではない。もちろん津波の被害も東電の責任である。原発が無ければ復興はもっと速やかに進んでいるはずだからだ。

人間どころか全ての命が踏みにじられる原発について、再稼働だの輸出だのと言っている政治がまかり通り、選挙で大勝するとなると、政治どころか国民にまで呆れ果てる。

それが風評被害を巻き起こすための合成写真でも、CG作成でも、どこか違う地域で撮影されたものであっても、もちろんすべて違うが、この写真を見て、まだ呑気に「福島の野菜を食べよう」が人間のするべき道だなんて思っていられるかどうかである。

音羽きんのすけさんのブログをご覧ください。(写真は同ブログ)

最近の書き物『初恋』の中に、「無知は悔しい」と書き、「無知は地獄」とも書いた。原発に対する無知は地獄への道でしかない。

私は福島の野菜は食べない。家族はもちろん友人知人にも食べないように勧めている。作った作物が売れなくてやっていけなくなってはじめて、自分たちが誘致した原発のせいだと思うのでは遅すぎるから。原発による地域活性化は地域地獄化でしかない。

我が庭で採れたトマト
我が庭の昨年のトマトとの比較を。

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