『初恋』の連載を終えて、休憩しているわけではない。連載は終えたが、相変わらず「書くのはいつですか」「今でしょう」とひとり口ずさみながら書いている。『初恋』後は、『終身刑(仮題)』が200枚を超えた。いずれブログにアップする。

朝顔と胡瓜さて、神様お任せずぼら農業は順調で、西瓜は直径20センチ程度になり、次第に西瓜の模様がくっきりしてきた。胡瓜は豊作。トマトも赤くなってきた。茄子は一個と不調かも。

そんな苗の中に朝顔の苗も植え、昨年の種も蒔いておいたが、今朝、身長をはるかに超す高さに一輪と胡瓜のジャングルの中に一輪咲いた。上からとか開ききったとかの写真は撮れなかった。
朝顔
朝顔が好きである。何かとてつもなく懐かしい。かといって、子供時代に特別の思い出があるわけではない。この懐かしさは何なのか、朝顔をいろいろ調べると、「朝顔は、奈良時代末期に遣唐使がその種子を薬として持ち帰ったものが初めてとされる」とある。相変わらず渡来説で、何でもかんでも中国渡来としたいのは、やはり日本国民の多くが侵略者渡来人の末裔だからか、と勘繰りたくなる。

だが、同じひるがお科の昼顔は、太古の昔からある。太古と言うのは、飛鳥や奈良など足元にも及ばない。およそ400万年前から600万年前だ。どうしてそんなことが言えるのかと言えば、我が滋賀県の琵琶湖岸には昼顔の群生地があるが、それは琵琶湖が海とつながっていた頃に、海辺で咲いていたものがそのまま残っているからだ。そう植物学者は言う。

言うまでもなく、琵琶湖が形成された時期は、約400万年前から600万年前で、現在の三重県伊賀市の地殻変動によってできた模造湖が北に移動、比良山系によって止められたという。朝顔と昼顔、昼顔と海、海と模造湖、どれもこれも一致しないが、細分化してしまった科学はしょせんそんなものか。

昨年、朝顔に触発されて『縁(えにし)~浜昼顔とブーメラン』を書いた。1060枚を上中下三巻で明窓出版の電子書籍で販売中。「やはり日本国民の多くが侵略者渡来人の末裔だからか」の一節に同意できない方はどうぞご笑覧を。科学でさえ不一致なのだから、折々の権力の思いのままに綴られている歴史はいわずもがなか。ご笑覧いただければ、なるほど、と思っていただける方もいるだろう。

そしてもうひとつ触発されたのが、原発の爆発。しかし二年以上たっても事態は悪化こそすれまるで良くはなっていない。しかも、学習能力と想像力を失った連中が、再稼働再稼働と騒ぐ。何と言う連中に日本列島は侵略されてしまったのか、その弥生時代の思いは三千年続く。

縁-上巻表紙縁-中巻表紙縁-下巻表紙

『縁(えにし)』の説明文

2011年03月11日、記録に残っていたように、歴史始まって以来でなく、忘れずにやってきた天災の地震と大津波によって、肉親や友人、知人の命や全財産や勤め先や学校などの公共機関まで根こそぎ持っていかれて失ってしまったというのに、その上に人災でしかない福島原発爆発で、昨日も今日も明日も「死の物質」が降り注いでいると言うのに、人々の意識が変わり、新しい時代が見えてきたと言うことは断じてない。まさにデヴィッド・R・ホーキンズが『フォースかパワーか』で言うごとく、「意識のより低いレベルに私たちを閉じ込めてしまう『信念』であっても」、「それを捨てるぐらいなら、死んだ方がましだとほとんどの人が思っている」のだろう。では、命さえ危ぶまれるのに、馬鹿の一つ覚えのように「経済経済」と叫ぶ愚かな考えを生む意識の枠組みは、どうやって作られ、誰によって育まれてきたのか。目先の利益に目が眩み、孫や曾(ひ)孫、玄孫(やしゃご)、来孫(らいそん)、そして気の遠くなるほどの世代までずっとずっと恨まれるような所業を認める意識は日本列島に固有のものだったのか。あるいは人間の業(ごう)として誰にでもあるものなのか。その意識の枠組みの謎を解くために、長くタブーとされてきたことを撃ち、2012年のマヤ暦の消滅の年を、新しい時代の幕開けのできないものか、その思いで一気に書かされたのがこれである。そして、今、何からなすべきかを、自らに問う。

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