チンゲンサイの花 その1青梗菜と書いてチンゲンサイ、言わずと知れた中国野菜。何でも1970年頃の日中国交回復の頃に入ってきたようで、今のぎくしゃくした日中関係も外相に元駐日大使の王毅氏が決まって、幾らか改善される祝いなのか、近所の人に貰ったチンゲンサイの花が咲いた。相変わらず拙い写真で申し訳ない。

写真とまるで無関係で、『朝日新聞』2013年3月18日の記事に『さとり世代、浸透中 車乗らない、恋愛は淡泊… 若者気質、ネットが造語』とある。

「生き終(じま)い」世代からこの「さとり世代」を見ると、感慨もひとしおである。

「さとり世代」は、「車に乗らない。ブランド服も欲しくない。スポーツしない。酒は飲まない。旅行しない。恋愛には淡泊」であり、「結果のわかっていることに手を出さない。草食系。過程より結果を重視。浪費をしない」「高望みをしない」そうで、主に「02~10年度のゆとり教育を受けた人たち」で、「1980年半ば以降に生まれ、現在の年齢は10代から20代半ばだ」そうだ。

社会学者は、「社会の閉塞(へいそく)感で、夢や目標を持つことの見返りが不透明になったことが一因」と言う。そして購買欲が落ちていることで企業が危機感を持っていると言う。そして「上を目指そうと言う気概もない」し、「覇気感じない」そうだ。そして、「将来は自分のレベルに応じた暮らしぶりでいい。すごいことをやろうなんて思わない」「ほどよく力が抜けた大人になりたいんです」と言い、将来の夢は「寛容でおおらかな大人になること」だそうだ。

しかし、「さとり世代」と言うだけに、彼らは真に悟っているかもしれないし、大人たち、特に経済一辺倒で踊り踊らされてきた世代には、信じられないだろうし、歯がゆい思いもあるのだろう。

1960年代後半のアメリカ合衆国の若者のムーブメントにヒッピーと言うのがあった。「伝統・制度などの規制の価値観に縛られた人間生活を否定することを信条とし、また文明以前の野生生活への回帰を提唱する人々」で彼らは基本的に「自然と愛と平和とセックスと自由を愛していると述べている」と言う。

ヒッピーのムーブメントは「正義無きベトナム戦争」への反対運動が発端で、愛と平和を訴え徴兵や派兵に反発した若者達が中心であたたために、やがてベトナム戦争の終結と薬物に対する取り締まりにより、1970年代前半頃から徐々に衰えていった。日本では、ヒッピーの神髄は骨抜きにされて、定職にも就かず、ブラブラしている無気力な若者集団をフーテンと呼称して貶めた。

今、「さとり世代」が経済一辺倒の社会の価値観に縛られないで、新たな生き方を始める時、アメリカ合衆国の若者でなしえなかった、真の「さとり世代」になるかもしれない。

「すごい事」が単に経済的成功と社会的地位と名誉の獲得でしかない世代には、「覇気がない」としか思えないのだろうし、自分のレベルに応じた暮らしや、力が抜けた大人と言うのは、経済ギンギンで生きるのでなく、一切に寛容でおおらかになるのであれば、まさに「さとりの世代」かもしれない。

福島原発に何のめども立たず、活断層の上で再稼働を躍起になって進めようとし、経済界が、やれ車の、やれブランドの、やれ海外旅行のとちっぽけな欲望を鉦や太鼓で売り込んでも、彼らは見向きもしないだろう。

ひょっとすると「ゆとり教育」がおかしな化け方をして、ようやく日本列島に21世紀の地球人が生まれてくるのかもしれない、そう期待し、「生き終い」をしなければと思う世代が、衷心よりエールを送る。

チンゲンサイの花 その2

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