三月。

憂(う)い。内憂でなく外憂であるが。
季節は遅れ気味だが、明らかに春を準備中。
社会は遅れ気味でなく、後退気味。しかも数千年、じわりじわりと。

戦争の様態が変わった。いや、多岐にわたるというか、複雑化し巧妙化した。爆発物による一瞬の命の殲滅やそれによる遺伝子への悪影響の、いわゆる戦争は懲りない面々で惑星のどこかをきな臭くしている。日々死者も途絶えたことはない。

もう一つの戦争は経済発展の偽装をし、将来的には幸せになると言う詐欺が明白となると言うにもかかわらず、誰も戦争とは思わない。戦争が自分の利益のために他者を傷つけ殺す行為だとすれば、さらには人間が編み出して人間だけが殺し合えばいいものを、最近はことごとくの命を殲滅し、大地も海も空も汚してしまうものだとすれば、これも立派に戦争なのだ。しかし、どんなマスコミの報道にもそんなことは微塵も報道されない。連中はほくそ笑みながら噯(おくび)にも出さないだけだ。金科玉条のごとく好景気を歌い、詐欺行為を信じさせるための虚言を連ね、あげくは戦争続行を恥ずかしくもなく宣言し、息巻いて空しいばかりだ。

表向きの平和の惰眠をむさぼらせて、じわりじわりとなし崩しに殺していく新しい戦争の種類である。破壊や肉体の損傷がなければ戦争でないと言う想像力の貧困に乗じて、じわじわと汚染し、命を蝕んで止められない原発は明らかに武器である。過去の戦争が経済的逼迫を打開する手段であったように、経済発展には欠かせないと叫ぶ。

空爆も始まっている。これもまた経済発展と言う人間の幸せを創れるような詐欺であり、十数億が寄ってたかって武器創りしていると思うとぞっとする。老子、荘子の国とは思えない浅慮である。微小粒子状物質「PM2.5」が経済発展の必然物であるように、放射能物質による汚染が経済発展の必然物であるが、目に見える微小粒子状物質「PM2.5」は敵として考えやすいが、見えず、匂わず、決して消えない放射能物質には、あまりにも無警戒であり、杜撰である。

微小粒子状物質「PM2.5」は、外出禁止令に。そして放射性物質にはやがて戒厳令が。
まさに戦争続行中。

一昨日、一応の完成をみた『タルチョー』320枚。目下連載が240枚あたりだから、もうしばしおつきあいを。

今日は連載を次のブログで。

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