♪♪「立て飢えたるものよ、今ぞ日は近し・・・」

この歌は日本では1950年代以降1980年代までは、それなりの場所で聞けたし、歌われていた。しかし、今はネットで探してダウンロードでもしないと聞けなくなった、忘れられた歌である。

一方で国民痴呆症のように集団催眠醸熟中もあって、こんな勇ましい危険な歌は死語ならず完璧に死歌になって忘れられていると言うのに、一方でこの歌ではないにしろ、この歌の内容のような歌に鼓舞されて銃を構え、飢えたる者のために引き金を引く地域が多数ある。知らないのは多くの日本人で、知っていても「金儲け」のためなら「命」の危険など二の次になる。それが「家族のため」「会社のため」だと思って。

飽食で糖尿病予備軍となって、それでもエリートの顔をして海外に出張し、送り出した家族は「海外出張です」などと近所の奥様方に誇らしげに言う。そして飽食が飢えたるものに拉致されたり、監禁されたり、殺害されたりすると、初めて自分たちの無知に驚かされて、人道的のどうのこうのと慌てふためく。ちょっと勉強すれば、今、どんな状態になって、そこでどうすることが危険なのかなどすぐにわかる。

3日前だったか、CNNでフランス軍のマリ侵攻の部隊を増強したと報じていたから、これは何かが起こる、そう思えた。しかし、日本のマスコミは日本人に危害が直接及ばない状況は報道しない。次の日に今回の事件が勃発、ようやく報道が始まった。そう言えば、日本以外の地域で大事件が起こっても、必ず「日本人の犠牲者はありませんでした」とまるで「良かった」と結論するような報道の仕方しかしない。そして今回、事件勃発でようやくマリをはじめアフリカの状況がどうなのかと、一部(決して全部ではない)報道される。

そして「テロ」の原因を作っている欧米諸国の尻馬に乗って、いや、欧米諸国と同じ経済活動をしていて当然だが、その権益を侵され、利益を侵害されそうだと、「テロには断固戦う」と言いながら慌てふためく。
 
テロと言う言葉でさえダブル・ミーニングである。この「両義語」は「特に下品な意味を伝えるのに使われる」と『オックスフォード英語辞典』にあるから、下品な支配者用語としては妥当なのだろう。イスラム系をはじめ既存の権力に敵対するもの、特に欧米諸国の権力に敵対するものは「テロ」であり、すでにイスラム主義組織「アンサル・ディーン」が制圧しているマリ北部を空爆するフランスの行為は「テロ」ではない。フランスのオランド大統領は、「アルジェリアで起きていることは、マリに介入を行う私の決断が正当化されることを示す一段の証拠となった」と言うように、ここで「テロ」は欧米諸国の勝手な正義の行使である。
もちろん今回のフランスのマリ北部攻撃に、アメリカとイギリスが後方支援したことも知っておかないと。

「フランス」「アメリカ」「空爆」「正当化」などと言う言葉で、ネットではなく50歳以上のいくらかの人と、本当の勉強をしっかりしている若者の頭の中を検索すれば、繰り返される歴史を思い出せるだろう。

目下、観光地として多くの日本人が訪れるベトナムだが、そこでの戦争などすっかり忘れ去られているのだろう。日本にも心痛い歴史だから、「べトナムの歴史」の部分を採録しておく。

1945年9月2日、日本の降伏によって第二次世界大戦は終わり、直ちにホーチミンを首班とする政府を樹立して独立を宣言したが、ベトナムは冷戦による分断世界の巷に巻き込まれた。大日本帝国に勝利した連合国側は先ず中英が進駐し、続いてフランスが進駐し傀儡政権を樹立、再度ベトナムを植民地化し、これに対する第一次インドシナ戦争が始まった。フランスは次第に追いつめられ最終的にディエンビエンフーの戦いに破れて終結し1954年7月21日、ジュネーヴ協定の調印で決着した。この協定の調印によって、北緯17度線を境に両軍の兵力分離を図り全国統一選挙を実施することになったが、フランスの後を継いだアメリカがジュネーブ協定には参加せず協定の統一選挙実施をサボタージして傀儡政権維持を図ったことでベトナムは完全に南北に分断された。
そして、1965年2月7日、アメリカ軍による北爆によってベトナム戦争が始まった。ベトナム戦争の終わりは、1975年4月30日のサイゴン陥落によって、親米政権が倒された時であった。ベトナムの歴史

「家族と会社のため」粉骨砕身奮闘されるご主人様は、長い通勤距離の間は居眠りし、早朝から深夜まで働き、残業後は一杯飲んで午前様で帰宅。そうです、勉強される時間はありません。そして自分の判断力や想像力、まして創造力などは組織の命令の前には水泡同然。我が祖母の言葉を借りれば「夢の中で屁を踏んだようなもの」でしかありません。そうそう愚かな女も少数見受けられますが、多数の女性は政治や経済の分野で活躍しようとはしませんし、できない構造になっていますが、愚かな男どもがやってきた政治や経済が人間を幸せにしないと分かっていらっしゃるからです。

「女は子宮でものを考える」と言い、「所詮女には頭脳的な分析は無理だ」と言う軽蔑的なニュアンスで言われますが、とんでもない、男どもの頭脳的な分析や思考がこんなに不愉快でだらしない世界を創ってしまったんです。どうか、遊び呆けるのではなく、仕事呆ける男どもに変わって、「勉強」してください。それには、まず情報鎖国の日本列島から、飛び出して、世界の中での日本を考えてください。逆もしかりです。日本が世界に及ぼす影響です。

日本は情報鎖国で、その効果もあって、国民痴呆症で眠り呆けていることを自覚してください。海外のマスコミに接すると日本のマスコミが、いまだ第二次世界大戦中の「大本営発表」でしかないことがわかります。あの忌まわしい3月11日まで、原発反対はもちろんのこと、原発への疑問などどのマスコミにも一行も言われず書かれなかったことからして、その体質が分かります。そうそう、これは世界のジャーナリストは知っている日本のマスコミ事情です。知らないのは日本人だけです。せめて新聞の国際面の小さな記事から読み、一体、今日、世界で何人が殺されたかを知るだけでも驚きです。

世界を知らないのは、海外出張や観光で海外に出かける人には致命傷ですが、日本の鎖国列島では、なかなか知ろうとしませんし、それでもやっていけるのかもしれません。しかし、日本が世界に及ぼしている悪影響は知っておくのは義務かも知れません。

その例が福島原発が太平洋を汚し、アメリカを汚していることです。アメリカのオレンジやアーモンドやプルーンがお好きだとしたら、それが福島の放射能で汚染されていることをご存じでしょうね。原発が福島だけでなく、日本だけでなく、世界を汚染していることもしっかり知ってください。ご清聴ありがとうございます。合掌

白百合これは男社会に業を煮やして書いたものです。「伊吹龍彦」「白百合」で検索していただければ、電子書籍でお読みいただけます。紹介文を載せておきます。よろしければご笑覧を。

戦争に明け暮れる男性達に対して、敵対する双方の女性たちが団結してセックス・ストライキをして戦争を止めさせると言う喜劇がある。古代ギリシアのアリストファネスが書いた『女の平和』である。そしてこの時代から二四〇〇年以上もたったが、現代人がより進化したとはとうてい思えない。むしろ戦争は頻発し残虐性を増し、戦争に加担しない人間や動物を犠牲にしてきた。経済発展もそれを支援するだけの政治も人間の幸せに寄与しないことが曝露された。今日まで「女の幸せ」が何なのかも問われず、うっちゃらかされていることも同じである。安易な男女平等の施策や制度では、「女の幸せ」など見えない。では、女性たちが目指すべき生き方、女性が生きる目的、女性としての価値とは何か、社会と家庭の犠牲者となった四人の女性が、ここ数千年男性社会が果たせなかった人間の幸せの道を見つける。それを『女歌』のように、男性だからこそ歌える歌のように歌ってみた。

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