遅ればせながら、「あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします」

と言うのも、暦と世間のお正月とは一週間ずれてしまった。2012年12月21日、マヤ暦の最後の日までに完成しようと思っていた『笑って死ぬマニュアル(てびき)』がようやく昨日の七草粥で完了。324枚になった。我ながらおかしなものを書いた、というより書かされたが、それと、すでに素晴らしい表紙が森田佳行氏によって完成している『火の奪還』の修正も終わった。これも年内に完了して、新年早々明窓出版他から電子出版してもらうつもりだった。テーマが「反原発」だから。

遅れた理由は、右上腕部の痛みが激しく、パソコンにも向えなかったからだ。ようやく検査漬けの被曝の後遺症から回復したので、医者に診せれば、またまたレントゲンのCTのと言われるに違いないから止めて、耐えていた。2月には定期健診でCTが入っているから、その時に言おうと思うが、整骨医さんに診てもらうと、力瘤の位置が左手より下なので腱が切れているかもしれないということである。同じ症状の隣の奥さんに聞けば、手術をするか、長い痛みに耐えているとそのうち痛まなくなると言うことだった。もちろん後者をとって、痛みに耐えている。夏の無理が一気に来たようだが、その無理で、新たな展開が始まったが、これはいずれ。

右足が歩行困難なほど痛くて、これも接骨医によれば「梨状筋症候群」ではないかということである。ネットで症状を見ると思い当たる節があり、これも痛みに耐えている。そんな痛みが少し軽減したので、一昨日何度も休みながら野宮神社まで歩いた。いつものウオーキングのコースで、特別初詣のつもりではなかったが、それでも日曜日の雰囲気で、正月気分を初めて味わった。

と言うのも、1日、3日、5日と人工透析で、正月気分などなれずに、いかに水分調節するか、と痛みにどう対処するかで腐心していた。御雑煮だけは祝った。もちろん畏友(彼がそう言ってくれるが、私もそう言いたい)山下氏の極上のお餅で、山下夫妻の思いを噛みしめながら、美味なお持ちを頂戴した。ありがたいことに、例年、大晦日の恒例になっているのだが、山下氏からの荷物が届く。今年は、お餅に加えて、大豆、小豆、それに好物の銀杏まで入っていて、大感動。このお雑煮だけが唯一のお正月だった気がする。

そして例年のごとく年賀状を失礼しているが、皆さんから頂戴した年賀状には、いずれ近況報告などのお葉書でお詫びしたい。手が痛くて例年以上に意欲が無かった。

昨日は七草粥を頂戴した。野に摘みに出かければいいのだが、そうもいかず、スーパーマーケットの「七草セット」を玄米粥にしたものだ。そして七草粥で新年早々「しつこい」御託を少々。

相変わらず中国伝来だと言う。確かに民間のものとしては年中行事記の現存最古と言われる梁(りょう)の宗懍(そうりん)が6世紀に書いた『荊楚歳時記(けいそさいじき)』に、「人を殺さない日」である旧暦1月7日に「七種菜羹(ななしゅさいのかん)」と言う7種類の野菜を入れとろみのある汁物である羹(あつもの)を食べ無病を祈ると言う記事があるからだそうだが、たかだか6世紀である。

しかし、そのセリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの「七草」をまな板の上に載せ、しゃもじやお玉杓子、包丁の背などで叩いて細かくするが、その時にうたう歌は、以下が多いと言う。
「七草なずな 唐土(とうど)の鳥が日本の土地に 渡らぬ先に七草生やすストントンストトン ストトントン…」

これは当時疫病の病原菌は、大陸から渡ってくる鳥が持ってくると考えられていたからだと言う。中国伝搬の行事で中国を拒むようなことがあるのだろうか。この矛盾に誰も気づかず千年以上、伝承されているのだろうか?

唐土の鳥とは、疫病だけでなく、「意識」の病でなかったのか。どんな病なのかは、拙著『縁(えにし)』には書いたつもり、いや書かされたつもりだ。今、中国のマナーが問題視されるが、それもまた「意識」の病で、これは渡らぬ先に止めないといけない。というより、日本列島住民が縄文時代から育んできた意識こそが、今、世界を変えると思うが、これもまた新年の駄法螺かも。

縁-上巻表紙縁-中巻表紙縁-下巻表紙

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