「伊吹龍彦.com」は、伊吹龍彦とYoshiの共謀による
「意識産業」への挑戦と革命である。

1.「意識産業」とは

「意識産業」とは、ドイツの詩人ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガーの言葉を借りれば、「資本に覆い尽くされ、人々の意識を媒介し誘導することを目的とする産業」で、「搾取は、経済的事実であるだけでなく、意識に関する事実でもあるということ」で、それを担うものである。そして、「意識的であれ無意識的であれ、知識人は意識産業の共犯者になる」と言い、もの書きとか、プロデュースする人とかディレクトする人たちというのは、好むと好まざるとにかかわらず意識産業をつうじてしか発表の場を得ないわけで、「現存する支配体制をセメントでぬりかためる」という意識産業が担う委託に加担してしまう。そこで、彼は、「この産業が現在になっている委託―現存する支配体制をセメントでぬりかためるという課題―は、知識人のになう委託とは一致するはずがない」ともいっている。

2.「意識産業」の担う課題を逃れられるか?

 最も肝心なことは、意識産業が支配体制の思惑を超えて、現在のように拡大し、深化してしまうと、必ずしも支配体制に牛耳られる「意識産業」を通じなくても発表の場を得られということである。そうなると、「現存する支配体制をセメントでぬりかためる」という委託に加担しなくてもいいわけで、まさにメディアの新しい歴史である。

3.「意識産業」の横暴

 以下の参考資料にあるように、電子書籍には所有権がなく、配信元の都合で削除されてしまうことがあるという。アマゾンの電子書籍ストアの利用規約には「お客様にライセンスが提供されるものであり、販売されるものではありません」と明記されているという。まさに意識産業の担い手の横暴であり、法的整備の遅れである。

 と言っても、やがて乱立する電子書店が統廃合し淘汰され、各社別個の端末機に統一規格が出来るのは間違いないと思える。それは、このままでは電子書籍が「現存する支配体制をセメントでぬりかためる」役割を果たしていないからであり、また、このままでは至上命令でもある利益を産めないからである。

 以上のことから、電子書籍の不便と不備を可能な限り排除する目的で、このオフィシャルサイトを開設した。そして、伊吹龍彦のオフィシャル・サイトが、メディア革命にふさわしい内容の作品を提供できればと願い、またいずれは伊吹龍彦の作品だけでなく、音楽、映像、演劇など各種の意識媒体の発表の場になればと願う。

【参考資料1】『意識産業』単行本、ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー著、石黒秀男訳、晶文社刊 
【参考資料2】『朝日新聞』2014年1月30日